「出世が遅いとみじめ?」同期で一番遅かったダメ社員の私がFIREを確信した逆転の生存戦略

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同期に置いていかれ、社会不適合の烙印が見えた「あの日の私」へ

「〇〇(同期)を主任へ任用する」

 会社の掲示板を何気なく眺めた時、音が消えた世界の中でくっきりとその文字が目に飛び込んできたその瞬間を、まるでさっき起きたかのように今でも鮮明に覚えています。同じ時期に入社したのにも関わらず同期が次々と「上の階層」へ上がっていく。

 〝自分は社会不適合者なんじゃないか?〟

 〝会社どころか、社会全体から否定されているんじゃないか?〟

 そんな底知れない惨めさと、悔しさと、孤独感。夜、寝る前に天井を見上げながら「自分は何のために働いているんだろう」と涙がこぼれそうになった夜は一度や二度ではありません。

 しかし、2026年現在の私は、あの時とは全く違う景色を見ています。 出世レースという「椅子取りゲーム」を降りたことで、私は残り5年以内にFIRE(サイドFIREなので完全ではないです)することを視野に入れることができています。

 この記事は、今、出世が遅れていることに絶望し、「自分を諦めかけている」あなたへ捧げます。結論から言います。出世の遅れは、人生の大逆転に向けた「最高のサイン」だと私は確信しています。


悔しくて仕方なかった ー 認めたくない「出世できない自分」と向き合った日

 私は最初から「出世なんてどうでもいい」と格好良く割り切れたわけではありません。中学校の時はそれなりの成績で進学もそれなりのところへ行きました。会社に入ったらそれなりの年齢になったらそれなりの役職に就くんだろうと想像していました。

 しかし、当時ヒラの私が同期の昇進を目にした時、 悔しくて、悔しくて、ただただ惨めでした。

 自分なりに会社に貢献してきたつもりでした。減点もなかったはず。それなのに、いつまで経っても評価が上がらない。「自分はもう、会社では認められていない?その前に社会に認められていない?」という恥ずかしさと恐怖が、自分を侵食していきました。

 そんな考えが堂々巡りしてモヤモヤが私を覆って悩み抜いた末に私は一つの答えに辿り着きました。「会社に認められないこと」は「社会全体に認められないことなんだろうか?そこまで自分をさげすむ必要があるんだろうか?」と。

 会社という狭い箱の中の、たった数人の数年間だけのたまたまガチャを引いたかのような上司による評価。そんな不確実なものに、自分の人生の全責任を預けていいのか? 「会社に認められないなら、せめて社会には認められる方法は?自分を実現するための場所は?あるはずなんじゃないの?」

 そう思った瞬間、私の負の感情が侵食してきたとは別のものがメラメラ燃えたぎる闘争心私を侵食しました。


実績①:「出世」を捨てて「資産」を積み上げた

 出世を目指すには、膨大な「コスト」(時間的、金銭的出費だと思っています)がかかります。 上司への忖度、終わりの見えない残業、休日返上の社内イベント、付き合いによる飲み会や会合そして責任が増えることによる精神的に擦り減る心の摩耗。

 私はこれらをすべて「不要なコスト」として切り捨ててしまおうと考えました。その代わりに手に入れたのが、普通のサラリーマン生活をおくっていては得られないであろう「資産」です。

家族との時間という、出世では買えない資産

 私の周りには、出世して単身赴任をしている上司がたくさんいます。その一人がポツリと漏らした言葉が忘れられません。 「定年して家に帰っても、妻とどう過ごしていいかわからないんだよね…」

 スティーブ・ジョブズはかつて「家族と過ごす時間は何物にも代えがたい」と語りました。私は出世が遅れたおかげで、毎日定時付近で帰り、家族との温かい時間を守ることができています。これは、出世レースの勝者が時として失ってしまう、最強の資産です。

 私は出世が遅いことによってジョブズが欲していた〝それ〟を難なく手に入れられたと思っております。


学びから生まれた「金融資産」の積み上げ

 出世競争を降りた私が着手できたのが「具体的な資産形成をするための方法」を勉強することです。 普通に出世していたら〝何くそ根性〟がなかったためここまで真剣に資産形成にこだわりを持たなかったかもしれません。

 昇進による微々たる昇給を待つのではなく、家計を徹底的に最適化し、浮いた資金をインデックス投資や高配当株へと流し込みました。

 私の実体験では25年でやっとサイドではありますがFIREが見えてきました。年月がかかりすぎていると思われるかもしれません。その部分は長年のサラリーマン生活の中で〝悪い時期〟だけでなく〝良い時期〟もありました。その時期は〝このままでもいいかも?〟と〝何くそ根性〟が薄まってしまう時期でもあります。

 しかしそれは波のように繰り返しました。今となってはたとえ〝良い時期〟でもいずれ来る〝悪い時期〟に備えて油断しないほうが良かったと思っております。その点ツメが甘かったと思います。

5年後の自由を手に入れる「自分の可能性」

 「出世しない=稼げない」というのは思い込みです。 私はこの5年間で、着実に資産を積み上げてきました。今では「あと5年以内に、いつ会社を辞めても生活していける」という算段がついています。選択肢が広がる幸せを今感じています。

この「いつ辞めてもいいかも」という選択肢が手に入った今では会社での景色が一変しています。 ムカムカすることがあったとしても「あと5年 あと5年」と受け流せる。自分の可能性が会社の中ではなく、外側に無限に広がっていると感じる。この解放感こそが、本当の幸せなのだと確信しています。

幸せなジレンマ

 もちろん、資産が貯まればすべて解決というわけではありません。「辞めるという選択肢もあるけど失敗しないためにはもう少し積み上げるべき」と思う部分もあります。資産も何もなかった時期は「こんな状況でもなんとしてでもしがみつかねば」と思っていましたが、選択肢が広がって「嫌だな、辞めてしまいたい」と思ってしまう部分も出てきています。今後FIREをしたとしてもそこで悩みがなくなるわけではなく新しい可能性が広がった時の悩みがあるんだなと思います。それは辛い悩みではなく、字はよく似ていますが幸せな悩みだと思います。


実績②:ブログは「私の存在」を肯定してくれる場所だった

 そして、私の人生を最も救ってくれたのが「ブログ」という副業です。

 会社では、一生懸命作った資料でも「ここがダメだ」「もっとこうしろ」と文句ばかり言われます。どんなに頑張っても、評価されるのは「上司の好みに合ったかどうか」だけ。

 しかし、ブログは違いました。 私が書いた拙い文章を、インターネットの海の中から誰かが探し出し、読んでくれる幸せがあります。そしてさらに嬉しいことに感謝のメールを届けてくれることもありました。

 初めて感謝のメールを受け取った時の興奮は、言葉では言い表せません。 会社の給料袋よりもずっと重い、「自分の存在が社会に認められた」という実感。 「私には、会社以外の場所で価値を発揮できる看板がある」 そう思えることが、どれほど私の心を支えてくれたか計り知れません。

私のブログは正直まだ「稼げる!」という形になっておりません。

楽して稼げるものではありませんが、私にとって表現できる場であり〝楽しい〟と思わせてくれて、かつ、可能性を感じております。

ブログについては成果や可能性を私の体験を通して今後もお伝えするつもりです!


まとめ:出世の階段を下りて、自由の空を飛ぶ

 もし今、あなたが「出世が遅れて惨めだ」と自分を責めているなら、どうかこれだけは覚えておいてください。

 あなたはまだ負けてません。

 とあるバスケットの監督はこう言いました「諦めたらそこで試合終了ですよ」と

 出世の階段を必死に登った先にあるのは、さらなる責任と疲弊かもしれません。しかも苦労して手に入れた役職は墓場まで持って行くことはできません。でも、その階段を下りて横を見れば、そこにはFIREへの道があり、副業という自分の可能性があり、愛する家族との時間があります。

 私は出世が遅いことを今では誇りに思っています。 なぜなら、そのおかげで私は、会社員としての「役職」ではなく、一人の人間としての「自由」を手に入れることができると確信したからです。

 あなたは一人じゃありません。自分を諦めないでください。 会社の評価は、あなたの人生の評価ではありません。 落ちこぼれのダメ社員の私がここまで出来たのであなたはもっとできると思います。

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