
出版するはずだった二冊目の本 しかし…
一作目の出版を経験し、私は二作目の準備に取り掛かっていました。前作で培ったノウハウもあり、企画書の作成は驚くほどスムーズ。出版社との打ち合わせも快調に進み、構成も完璧。「これは間違いなく読者の心に刺さる」という確信がありました。
しかし、私はその原稿を世に出すことはありませんでした。
サンプル作成までこぎ着け、夢が再び形になろうとしていたその時、私は自ら「フルブレーキ」を踏んだのです。
今回は、私がなぜ「売れる確信があった本」を出版中止にしたのか。その裏側にあった法的リスクと、サラリーマン著者が絶対に踏み越えてはいけない一線について、実体験をベースにお話しします。
内容の全貌:組織の歪みを暴く「実録ミステリー」

二作目として書き上げたのは、実際の会社の「ガバナンス(組織統制)の崩壊」をテーマにした作品でした。
構成には趣向を凝らしました。仕掛けもあって著者名は前作とは別にしました。前半はごく普通の小説として始まり、読者を物語に引き込みます。しかし後半、いきなり主人公の正体が「前作の著者(私)」であることを明かし、それまでの物語がすべて「実話」であったことが分かる…という展開です。
私の体験から、私と同じように組織の闇に悩み、苦しんでいるサラリーマンの方々のそれこそ私の「わだち」を持って力になりたい。その一心で、生々しい現場の声を原稿にぶつけました。
突きつけられた「法的リスク」という現実

執筆が進み、いよいよ出版が現実味を帯びてきた段階で、一つの不安が頭をよぎりました。
「ペンネームで、小説風にしておけば、多少過激な内容でもOKなんだろうか?」
名前を変え、舞台設定を少しぼかせば大丈夫。そう自分に言い聞かせていましたが、違和感は拭えません。ネット社会の現在、配信による特定能力や情報の拡散スピードは、かつてとは比較にならないほど進化しています。
「関係者が読めば、これが誰の、どの組織の話か特定できてしまうのではないか?」
私は念には念を入れるため、ココナラ経由で弁護士事務所へリーガルチェックの相談をしました。返ってきた回答は、私の淡い期待を打ち砕くものでした。
「ペンネームを使ったり別名でぼかしたとしても、読んだ人が推測からその内容を特定できると考えられる場合、その本の内容を公表したことで、高額な賠償請求をされるリスクが非常に高いです」
なぜ「売れる本」より「守るべきもの」を選んだか
本を出版することは私の夢でした。二冊目を出せるという喜びで、当時の私はまさに「夢心地」でした。
しかし、その夢以上に守らなければならないものがあります。
昨今の動画配信者などの事例を見ても分かる通り、一度「法的リスク」が爆発すれば、個人の人生は簡単に暗転します。巨額の損害賠償を背負うことになれば、それまでに築いた資産も、家族との生活も、すべてが吹き飛びます。
資金力のある著名人ならまだしも、名もない一介のサラリーマンである私にとって、その事故は「再起不能」を意味します。
「アクセルを全開で踏み続ければ、猛スピードで大事故を起こす。リターン(印税や名声)に対して、リスクがあまりにも大きすぎる」
私は、自分の手でブレーキを力いっぱい踏み込みました。
書くことは、最大の武器であり、凶器でもある
その後、私は出版社に誠意を持って事情を説明し、出版のお断りをしました。多大なご迷惑をおかけしたことは事実ですが、あの時止まっていなければ、私は今この記事を笑って書けてはいなかったでしょう。
夢が叶いそうになった時、人は盲目になります。しかし、「ペンは剣よりも強し」という言葉があるように、ペンは「諸刃の剣よりも強い凶器」となって自分に差し迫ってくる可能性も含んでいます。
この記事を読んでくださる「本を出したい」と願うあなたにこの部分も是非とも頭に入れておいて欲しいと思います。
- 「特定されない」という甘い考えは捨てること
- 迷ったら必ず専門家(弁護士)の意見を聞くこと
- 一時の情熱で、自分の人生そのものを賭けてしまわないこと
出版とは、誰かの人生に爪痕を残すことですが、それは相手を不当に傷つけることとは違います。皆さんは、是非とも私と同じ轍を踏まないでください。表現の自由を楽しみつつ、正しく、誠実にペンを取れる「賢い書き手」であって欲しいと切に願います。


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