「パワハラしてない?」被パワハラ経験者が負の連鎖を断ち切る「自衛」と「自虐」

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立場が強くなったあなたへ。その「指導」は安全ですか?

 係長、課長と責任ある立場になり、部下の育成に頭を悩ませる日々。ふとした瞬間に、こんな不安が頭をよぎることはありませんか?

「もしかしてさっきの発言アウト?」 「良かれと思って言ったけどもしかしてパワハラ?」

 私は20年以上のサラリーマン生活で、ありがたくも数々のパワハラを「受ける側」として経験し、適応障害で休職をも経験しました。そんな地獄を見てきたからこそ、管理職側に立つ人間として強い立場である自分で意識している「負の連鎖を断ち切るための自衛」があります。

 被パワハラ側から感じたことはパワハラは「悪意」からではないものも多く、「無知」と「過去のコピー」から生まれてくると思います。パワハラは被ると気が重いという側面がありますが、する側に回ってしまうと今度は自分にとってリスクです。どっちにとっても幸せになりません。する側の立場に回った時自分自身とキャリアを守るための「予防策」を、経験者の視点から私が実行していることをお伝えします。

2026年の現実:パワハラ認定は「キャリアの終わり」を意味する

 2026年現在、ハラスメントへの監視の目はかつてないほど厳しくなっています。

 「俺たちの若い頃は…」「今なんて楽だよ…」 そんな言い訳は、もはや絶滅した過去の遺物です。一度パワハラ認定を受け、それがSNSや社内で拡散されれば、即「社会的死(キャリアの終わり)」に直結します。私の会社でもパワハラが原因で降格処分を受けるケースも実際にありました。

 今の時代、パワハラをしないことは「部下のため」である以上に、「あなた自身とあなたの家族を守るための最強の防衛策」なのです。これは何かの記述を読んだんですが成果を出すチームほど、恐怖ではなく「心理的安全性(何を言っても否定されない安心感)」で動いているというデータも無視できません。

私のヒヤリハット:感情が爆発しそうになった「あの日」の対処法

 私も管理職といえど人間です。偉そうに言っている私も危ない場面がありました。他部署の担当者と調整している時、相手の主張がどうしても納得がいかず、感情的になりそうになった瞬間がありました。文字に表すと「あ゛?!」です。しかし、そこで直接怒りをぶつけるのは超リスクです。運良くその時私は冷静になりました。

そこで私がとった行動は、相手の上司に依頼して、「申し訳ないけど係長のあなた経由で調整させて欲しい」と伝えました。

「お前な💢だいたいさ💢」と感情のままに爆発させるのではなく、若いこということもあって相手が言っていることもおかしな部分が多く感じられたので「組織対組織として、係長というフィルター」を入れてもらうことにしたのです。

 これにより、個人的な怒りをぶつけるリスクを回避し、調整することができました。「直接対決を避ける」ことは、立場の強い私にとって非常に有効的で自分を守る盾になったと感じました。

鉄則①:「指導しているつもり」という独りよがりの罠を抜ける

 パワハラ加害者でよく聞くのは「そんなつもりはない。私なりに指導しているつもり」と言います。しかし、その中身が「過去の自分が受けてきた嫌な指導のコピー」になっているんだろうなと私にパワハラしてきた方に感じました。自分がそういう指導を受けてきたら同じ指導の仕方しか知らないんだなと思ってしまいます。同じことを繰り返さないために、言うなれば負の連鎖を私で止めるために私は次のことを意識して実践しています。

衆人環視での叱責を避ける

 これも私の経験ですが、大勢の前でミスを指摘されるのは、指導ではなく「公開処刑」でした。私がミスをして悪いのはわかっていますが、大勢の前でそれを曝け出されるのは本当に恥ずかしいです。私は、指摘が必要な時は「ちょっといいかな」と呼び出した上で、感情を交えず、相手を責めるのではなく行動や言動を…責めるのではなく、あくまで諭すように伝えます。

密室での「詰め」をしない

 これも私の経験です。「ちょっとええけ?」と呼ばれて午前中まるまる二人きりの部屋で鬼詰された経験があります。しかも私に求める回答は相手が望む〝はい〟か〝Yes〟しかない状況を作られる場面が多々ありました。これは精神と時間を奪う行為だと感じました。思わず私がやっていなくても〝やりました〟と言ってしまいそうな追い込まれ方をします。その経験から私は指導は簡潔に。そして常に「今、この瞬間の自分の言動が、隠しカメラで音声と画像を録画されていても堂々としていられるか?」という意識(ひろゆきも言ってたのを感銘受けました)を持つことが、最大の抑止力になります。

鉄則②:「ウケ狙い」の冗談こそが最大の地雷である

 実は、パワハラ予備軍が一番陥りやすいのが「コミュニケーションのつもりの冗談」だと思います。

 「お互い信頼関係があるからこの関係なら大丈夫!」という関係だろうとそれは十分危ないと感じます。たとえ今は良くても、今後関係が冷え切った時に「あの時、あんな酷いことを言われた」と切り抜かれる可能性があるからです。そうなれば一発アウトです。

私の究極奥義 ウケ狙いは「自虐」一択

 笑いというのは現実と想像のギャップから生まれるエンターテイメントとだと思っています。空想の話で現実とのギャップで〝おもしろい!〟となるんだと思います。そのギャップを生むために相手を落とすのが危ないと思います。相手が笑ってくれる場合も稀にありますが、その一言で滑った日にはどうしようもありません。

 もし、ギャップを生むのであれば自分を落とすことをすれば全くリスクはありません。

 そうです「自虐」です。私の場合たとえば

  • (私はハゲてる)なんだか頭寒いんだけど?
  • 私が以前スピード違反で罰金払っているのに〝この部署は交通ルール守らん奴いるから〟通勤は十分気をつけないとね!

と言ってみたりしています。

 これなら自分以外誰も傷つきません。自虐が過ぎて滑ったとしても傷つくのは自分だけです。

 私の場合自虐が過ぎて笑ってくれない時多々あります!

パワハラはその瞬間のみならず

 パワハラ発生するのはその瞬間だけではないと私は感じています。パワハラになりそうな時に〝今のパワハラになりますよ?〟と言ってくれる関係性を築いておかなければならないと思っております。そのためには部下の意見も否定せずに〝そういう考え方あるね〟と言える関係を作る必要があると思っておりその部分は意識しております。

 かの有名な四皇である大海賊のシャンクスが、山賊に酒をかけられて部下にそのことをイジられたとしても笑って受け流したように、「何を言われても動じない、受け入れる器」を持つことこそが、真の予防策だと確信しています。

自分は大丈夫は一番危険

 これも常に意識しています。〝俺は絶対しないよ〟は一番危ないと思っています。私はパワハラを受けてきた側で気持ちがわかるから絶対大丈夫ではなく、ミイラ取りがミイラになっちゃうかも?と常に思っております。

パワハラは誰も幸せになれない

 「俺はこうやって実績残してきたんだからお前らも同じようやればできるはず」 この思考が、パワハラの連鎖を生みます。その連鎖は、私たちの代で終わらせなければなりません。

 部下に意見を言ってもらえる雰囲気を作ることは、あなたが「裸の王様」になるのを防ぎ、結果として組織のリスクを最小限にすると確信しています。

 パワハラのない職場を作ることは、巡り巡って自分自身の平穏な生活を守ることに直結すると思います。とりあえず私はパワハラの連鎖は私が受けたところで止める努力をし続けます。

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